JAPONisme Vol.8 – 2016年冬
2016年1月1日発行 第8号
CONTENTS
- 言祝ぎの和菓子
- 末富 吉祥のかたち
- 亀屋則克の打物菓子
- 和菓子の歴史 相田文三(虎屋文庫)
- 華風月インタビュー
- イタリア紀行 大谷祥子(ジャポニスム振興会副会長)
- 暮らしの中のワンポイント「縁起」
今号の試し読み:末富 吉祥のかたち
撮影/山田隆史
祝いの気持ちを共有し、言葉で表す「言祝ぎ」あるいは「寿ぎ」。正月や祝典の際に使われる語である。
言霊(ことだま)という言葉からもわかるように、古来、言葉には霊的な力が宿るとされた。
「ありがとう」「おめでとう」。やさしい言葉にやさしい気持ちが寄り添う。そしてその気持ちを具現化したものが「言祝ぎの和菓子」なのだ。
祝賀に際し、めでたい色と形の和菓子を用意してお客さまに持ち帰っていただく。そう、祝い菓子は持ち帰るものなのだ。それにより祝福の心が、列席しない人にも伝わるものなのだ。それにより祝福の心が、列席しない人にも伝わるのである。美しく整え箱に詰めた和菓子は、幸せのいくばくかを、家で待つ人にもわかち与えただろう。
言祝ぎ菓子の容れ物ももちろんめでたづくしの金砂子(仏事は銀砂子)。それに紅白の水引をかける。
「水引の結び方は、古くから公家のたしなみでした。ところで、宮中の儀式に使うのは<くれない水引>言いまして」
取り出していただいたのが、左ページの、一見黒白と見まがう水引である。黒に見える部分はごく濃い紅色で、紅花の色素で彩色される。光の加減で、黒の中に玉虫色に輝く紅が浮き出る。はまぐりに入れた京口紅を思い起こしていただければよい。
「菓子の名前は言葉遊びです」
ちょっとひねった名前やめでたい名前など、言葉でも愉しめる。和歌や俳句など、言葉遊びの命脈を継ぐ日本文化がここにもある。依頼主と相談のうえ、名前は決めるそうだ。
いにしえより、甘みは人が求めてやまないものだった。甘みは脳の快楽中枢を刺激するという。
昨今は糖の取り過ぎに注意喚起されるなど、甘みを悪者扱いする風潮もあるが、日本の和菓子は、世界中の「スィーツ」の中で別格と言っていいだろう。花や果実など、四季を現すかたちの美しさ、精神性すら備える細やかな細工と命名。ただの快楽のための甘みではないのである。
さて、砂糖が一般に使われるようになった歴史はそう古くなく、キリシタンが室町時代に持ち込んでからとか。それ以前の甘みは、『枕草子』にも出てくる「あまづら」などで、味わいは現代でも飲まれる甘茶に近かったろうと言われている(※)。
南方の植物、サトウキビからとれる純粋な砂糖の甘みが、人の垂涎の的であったことは想像に難くない。昔はむろん特権階級のもので、菓子司(かしし、またはかしつかさ)は、白い砂糖を扱う権利を持ち、公家の配下だったため、宮中の職位である「司」をつけたもの。格式ある菓子屋にだけ許されるものだ。この菓子司、かつて京に248件あったという。
お話をうかがった京都の老舗菓子店「末富」は、「亀 末廣」から分かれ、当代の社長山口富藏氏は三代目である。分かれる際に東本願寺の御用を譲り受けて、爾来、寺との縁は深い。
ちなみに、昔、菓子屋は扱う商品がきっちりと分けられていた。一つは上菓子(じょうがし・引き出物などに用いられるもの)を扱う菓子司。もう一つ、おまん屋は言葉通りまんじゅうだけを商う。あとは餅屋。
「うちは正統派の菓子屋です。しかし、今はあきまへんな。まず家に人を迎える設備がない。畳も床の間もない。急須がある家は四割以下でっせ。ペットボトルのお茶でお茶漬けを食べる言いますし」
食べるということは、栄養補給だけが目的ではないはず。それが人としての証のように思えるのだが、いつから人は食を車のガソリンと同様に扱いだしたのだろう。
ていねいな仕事の和菓子から、菓子職人の心意気まで見えてくる。おもてなしの心を伝えるものとして、いつまでも大切に受け継がれることを願う。
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