JAPONisme Vol.9 – 2016年春
2016年4月1日発行 第9号
CONTENTS
- 季節をうたう日本の色
- 日本の伝統色を染める 吉岡幸雄(染司よしおか 五代目当主)
- 襲の色が伝える和の心
- 水と光があやなす変幻の色 奥田祐斎の染め工房
- ジャポニスム・六条山通信 花と森の本願寺 山折哲雄(ジャポニスム振興会特別顧問)
- ジャポニスム振興会一周年記念 JAPONisme2016東京大会 北爪由紀夫(実行委員長)
今号の試し読み:水と光があやなす変幻の色 奥田祐斎の染め工房
奥田祐斎の工房は、桂川から大堰川(おおいがわ)と名が変わる、京都嵐山にある。嵐山はかつて平安貴族の別荘地であり、紅葉と鵜飼はつとに有名だ。川端康成がこもって執筆したという、由緒ある料理旅館「千鳥」は川のほとりの絶景にあった。亀山公園内(世界遺産天龍寺横)にあるこの建物が、今や世界に発信する染の拠点となっている。
奥田祐斎氏は三重県熊野の生れで、母方は代々の染師。京都で香木染など古代染の研究を重ねてきた。その中から、天皇だけがお召しになる至高の色「黄櫨染(こうろぜん)」の再現に成功する。
黄櫨染は帝のみがお召しになれる禁色(きんじき)。再現された黄櫨染は、光により赤く輝く、「太陽を宿す染め」である。日の御子太陽をまとう。夢のような話だが、実際に天皇が儀式でお召しになる黄櫨染の袍(ほう)は宮内庁が調える。
氏は広隆寺の先の住職と親しく、寺に保存される歴代天皇の黄櫨染の袍を拝見調査する機会を得た。一般人では1200年で初めてのことという。その後染料の配合を研究することで、光で色が変化する染めを完成。「夢黄櫨染(ゆめこうろぞめ)」として発表したのが1992年のこと。
氏によると、国内の染め技法の95パーセントは外国から伝わったものだそうだ。絞り、板締めの纐纈(こうけち)、臈纈(ろうけち)など、どれも大陸伝来。しかし氏は、日本の独自性を「発見」したかった。そうして黄櫨染に出会い、再現に成功し、この染めこそ日本発祥の染めであり、世界に誇ることができるものとの確信を得た。
工房に展示された反物に光を当てていただいたとき、思わず声がもれた。暗紫色に見えた桜の花が、光が当たると赤く変化したのである。魔法のようなこの染めは、パリ装飾美術館でのエキシビションでも注目された。
京都の水のやわらかさは格別だ。お茶はあまく、豆腐はまろやかでおいしい。染めにも軟水の特性は表れるため、にじみ染めが京の染めの骨頂である。近ごろ世界文化遺産に認定された日本食を味わうにつけ、日本人は、自然に沿うて暮らしつつ、実に上手によいところを取り込んできたと思う。自然を組み伏せるような西欧文明(一神教的思想)とは対照的である。
「水と染料の調和点を探すのです。くせのある染料の調和点を見つけると、色のパワーが増す」
「和をもって尊ぶべし。日本の美学でしょう」
黄櫨染の染め方は『延喜式』十四巻「縫殿寮」に記述がある。『延喜式』とは、平安中期に編まれた律令細則で、天皇家のまつりごとに関わる決め事を細かく記述したものである。そこに記された「黄櫨染」のレシピは、黄櫨(はぜ)、蘇芳(すおう)、紫根、酢、灰(媒染剤)で、これに従うと、紫色にしかならない。そこから「太陽を宿す黄櫨染」をいかに生み出すか。その過程を知りたいところだが、レシピはむろん社外秘だ。
「ひらめきですな。理詰めではいけません」
発表から20余年。30社くらいが「夢黄櫨染」の再現を試みたが、ひとあじ、ふたあじ違う。
光により変化する独自の染めは、宝石のアレキサンドライトになぞらえ、「染めのアレキサンドライト」と称される。
築百年余の建物は適度な改修を経て、おしゃれで快適、落ち着ける空間となっている。抜群の環境にある工房なので、催し物も年間を通してたくさん企画される。案外門戸は広いので、平安時代から変わらぬ嵐山のたたずまいを味わいに訪れるのもよさそうだ。
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