JAPONisme Vol.11 – 2016年秋
2016年10月1日発行 第11号
CONTENTS
- こころの道標(みちしるべ) 大谷暢順(ジャポニスム振興会会長)
- 漆器とジャポニスム 高階秀爾(東京大学名誉教授、大原美術館館長、ジャポニスム振興会特別顧問)
- ひとしずくの可能性 三木啓樂
- 未来をつなぐ漆芸 室瀬和美
- 漆で綴る鏡花幻想 彦十蒔絵・若宮隆志
- 【公演報告】 伝統芸能を未来へつなぐ
- ジャポニスム・六条山通信 花と森の本願寺〈三〉 山折哲雄(ジャポニスム振興会特別顧問)
今号の試し読み:自由な発想で羽ばたく現代の漆芸
「漆で綴る鏡花幻想」彦十蒔絵・若宮隆志
それはなんとも不思議な印象だった。泉鏡花の妖しの世界が盛り込まれた漆の器。
作品展を開くと、「漆器にこんなに自由な発想を持ち込んでいいの?」という声が、多く寄せられる。プロデューサーの若宮隆志さんにはそれがうれしい。
「最大のメリットは自由。何を追求しても良いわけで。好きなものを作りたいのです。」
日常漆器の産地として名高い石川県・能登の輪島塗は、木地職人、地付け職人、上塗り職人、蒔絵職人といった分業制度で、長く産業を支えてきた。「しかし高度成長の時代に安く早く作る方向へと走ってしまった。景気が傾けば、子どもにこんな仕事辞めとけと言わざるを得ない結果に。」
このままでは、いずれ輪島塗はダメになる。いや、漆器全体が……と危惧した。
若宮さんは職人仲間に声を掛け、「彦十蒔絵」を立ち上げる。注文もないのに膨大な時間と材料費をかけて物づくりをするなんて。産地の職人にとっては無謀な計画だった。結局、集まったのは県外から修行に来て年季明けした職人を中心とした二〇人。輪島の中で揉まれ、なにくそっと頑張る気持ちがある人たちだった。
農村部で生まれた輪島塗はどちらかといえば厚くて丈夫。京都のような繊細なものは作れない。それならば国内でなく海外を狙うと決めて、海外オークションで人気の高い明治・大正時代の漆器を徹底的に研究した。各々の職人の得意技を見極め、仕事を配分するのが彼の仕事。満足がいかなければ何度でもやり直してもらう。「銀行にお金を借りてやるわけですから、こちらも本気」。
テーマに選んだのは泉鏡花の世界。鏡花の物語には自然への畏敬の念と、その自然が育んだ日本特有の美意識が込められていると思ったからだという。「生活のあらゆるところにいる八百万の神と日本の仏教は、対立せずに共生し、互いの精神性で幸せを得ます」。
たとえば『高野聖』。山を女性に例え、妖艶な女性を見て邪な事を考えると獣に変えられてしまうという物語は、自然への畏れとか精神性をおざなりにしてきた近代人への警鐘ではないでしょうか。ふと黒漆の皿に映る自分の顔。〝あなたは大丈夫?〟と問いかけるように作った作品もある。「鏡花のように、私も眼には見えない人の心に、どう日本人の精神性を訴えられるか模索しながら漆器を作っていきたいんです」。
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