花と森の本願寺〈9〉山折哲雄(YAMAORI Tetsuo)
蓮如さんは85歳になったとき、こんな和歌を詠んでいる。
八十地五つ定業きはまる我身かな
明応八年往生こそすれ
ああ、自分はことしでようやく85歳になった。往生のときが近づいているのだ。
定業とは寿命のこと。それが80年を5年も越えて生きることができたのだから、もう何もいうことはないと、蓮如さんの満ち足りた顔が浮かぶ。明応8年は1499年、戦国の世のまっただなかで、この年に蓮如は死んでいる。信長秀吉が出てくる半世紀ほども前のことだ。
蓮如さんは若いときから自分の寿命について格別の関心を寄せていたようだ。それほど健康に気をつけていたということかもしれない。頑健なからだに恵まれていたのだろう。
ちょうど80歳になったときは、こんな歌もつくっている。
仏にも祖師にもよはひおなじくて
八十地にみてるかずぞたふとき
やっと80歳になって、釈尊や親鸞さんのお歳に並んだなあ、ああもったいない。
80歳は釈尊入滅のとし、90歳で往生した親鸞さんまではまだ10年をのこしている。だから蓮如さんは釈尊の年齢を追い抜き、親鸞さんの寿命に迫ろうという勢いだ。まるでマラソン・レースの手に汗をにぎる競り合い、トップ争いの場面をほうふつさせる。心もからだも全開で、タスキ掛けで走っている蓮如さんの真剣な顔が近づいてくる。
われわれは今日、いつのまにか100年時代に入っているのだという。これからは釈尊、親鸞さん、蓮如さんの、それぞれの人生から何ごとかを学ばなければならない新しい世紀に入っていくのだな、という天の声がきこえてくるようだ。