JAPONisme Vol.23 – 2020年冬
2020年1月1日発行 第23号
- こころの道標(みちしるべ) 大谷暢順(ジャポニスム振興会会長)
- 2020年 招福の「笑い」を世界へ
- 笑いと日本文化~日本人にとって笑いとは何か 樋口和憲
- ええ笑いを語る 茂山千五郎×桂よね吉
- 笑えば心の岩戸も開く! 5000人のアッハッハ 中東弘
- 「笑う門には―」を科学で検証 がん医療と「笑い」 宮代勲
- ジャポニスム倶楽部
- お知らせ
- ジャポニスム・六条山通信 花と森の本願寺〈十五〉 山折哲雄(ジャポニスム振興会特別顧問)
- 六条山のたから筥⑪
今号の試し読み:ええ笑いを語る 茂山千五郎×桂よね吉
落言(らくげん)って、なんぞや⁉
──「落言」とは、どんなもので、どのような経緯で始められたのでしょう?
茂山千五郎(以下、千五郎)「落言」は文字通り、落語と狂言のおいしいところをくっつけたものです。これを最初に作ったのは僕たちではなく、もうひとつ前の世代。父(五世・茂山千作)や叔父(茂山七五三・あきら)など、1970年代に「花形狂言会」を発足した世代の人たちと、よね吉の師匠の桂吉朝さんらが、今から20年ほど前に「お米とお豆腐」という落語と狂言の会を立ち上げて、その中で生まれたものです。お米が米朝一門、お豆腐(※1)は茂山千五郎家、それに作家の小佐田定雄先生、そういうタッグの中で作られたのが始まりです。
桂よね吉(以下、よね吉)もともと茂山家と米朝一門は仲が良くて。かつて、狂言、落語に限らず、いろんな舞台芸能がテレビに押されて衰えかけた時、何か手を携えてやろうやないか、と『上方風流(かみがたぶり※2)』という同人誌を創刊したり──、そんな頃からのお付き合いと聞いています。僕たちがまだ生まれる前のことです。ウチの大師匠の米朝や、茂山家の千之丞先生、それに上方舞の吉村雄輝先生、藤山寛美さん、といった方々が集まりはって。後に、その中から大勢の人間国宝や文化勲章受章者が出ることになる錚々たるメンバーです。当時は皆さんまだ30代の若手で、さほど仕事に恵まれた時代でもなく、上方芸能の未来を憂えてトンがっておられたようです。
千五郎世代で言うと、ふたつ前、祖父(四世・茂山千作)や大叔父(二世・茂山千之丞)の代ですね。
よね吉そういう一門どうしの交流のあった中で、千五郎は役者として、僕のほうは米朝や吉朝の付き人としてでしたが、頻繁に会う機会があり、年代も近いということで、「ふたり会」の話が持ち上がりました。
──それが「笑えない会」ですか?
よね吉そうです。最初、僕のほうは「まだ自分の芸も見定められてないのに」と尻込みしたり、紆余曲折ありつつでしたが、お陰さまで実現の運びとなり、どうせするなら、ただ落語、狂言の演目を並べても面白くないから、敢えて大曲、大ネタを舞台にかける会にしよか、と。そんなことで、ふたり会の第1回目、僕は米朝の噺の中でもとりわけ難しいと言われる『百年目』を。こんな演目、普通なら「誰がやっとんねん?」とドヤされるところです。けど、そういう趣旨の会やから、ということで(笑)。
千五郎こっちも『月見座頭』という、難曲中の難曲を。当然、荷が重い。僕らが今、これを演っても、たぶんお客さん、誰も笑わへんで……。
よね吉ほな、タイトル「笑えない会」にしとこか(笑)。
千五郎みたいなことで、やってみたら案の定、お客さんに〝ぽか〜ん〟とされました(笑)。京都では比較的ふだんの舞台を見てくださっている方も多いので、マニアックな曲もそれなりに楽しんでもらえたんですけれど、東京公演は、僕らがそこまで知られていないこともあって、客席が静か〜になって……。アンケートにも「狂言って、あまり笑えないんですね」と書いてあったり。
よね吉「笑えない会」と念押ししても、お客様はやっぱり笑う用意をして来られるんですよね。これは京都と東京、同じことをしてたらアカン、と。そこで「落言」を向こう(東京)へ持って行ってみたら、これがウケた!
千五郎僕らとしては、もともと「落言」を、ふたり会の演し物にする気はなかったんですけどね。
よね吉むしろ「落言」だけはヤメとこね、と(笑)。それには色々わけもあるんですが、ひとつには「笑えない会」は、狂言は狂言、落語は落語、お互いにソッポ向いてるのが特徴で、それぞれが自分の芸を全力でお客様に見せるのが出発点だったので。でも「落言」を舞台にかけたら爆笑が来ちゃって。そこで手のひら返して、僕ら、イケるんちゃう? この分野って(笑)。
千五郎以来、東京のふたり会では「落言」をやることになっています。
─おふたりから見た「落言」の魅力って、なんでしょう?
千五郎まず、わかりやすい。落語、狂言をはじめて見る方にも即座に理解してもらえます。
よね吉一緒にやるからこその色合いが出ますね。落語って、登場人物が大勢出てきても、全部ひとりでやる。当然、それぞれの役を演じ分けるわけですが、どう分けても、やっぱり自分の思っているカラーになるんです。その殻を狂言の雰囲気と技でバーンと壊してもらえるのが面白い。同じ題材を落語でやったら「新作落語」になってしまって、僕の個人的好みですが、それは良しとするところではないんです。けれど「落言」として、新しい笑いとしてはアリかな、と。そういう手応えはあります。お互い自分の芸のみに全力投球という、そもそもの「笑えない会」の根幹を揺るがしかねない変わり種ですが(笑)。でもやるからにはしっかり僕らなりの「落言」をやりたいですね。
千五郎そんな顛末で、これまでは既存の作品をアレンジして出していたんですが、次回の東京公演(2020年1月)では、僕たちのために劇作家の村上慎太郎さんに書き起こしてもらった新作落言を舞台にかけます。
「ええ笑い」の条件
──おふたりが大事になさる「笑い」の在り方、たとえば「ええ笑い」とは、どんなものでしょう?
よね吉在り方? なんや難しいなあ(笑)。答えになってるかどうかわかりませんが、先代の千作先生にせよ、大師匠の米朝にせよ、歳経るごとに、僕らには出せない〝マジックのような可愛げ〟を発揮なさった。あの可愛げが欲しくてやってる、みたいなところはありますねえ。あと、師匠から長年「結局は人間性やで。ええ人間やないと共感してもらわれへん。肚の中が舞台に出る」と言われ続けてきたのが、最近になってやっと、とてつもなく実感しています。やっぱりムカつく奴の芸は、心の中にイヤァなものが残る。とはいえ、人間ですから、誰しも妬みやら、小狡いところも持ってるけど、それに気づきつつ、何とか「ええ人間で在りたい!」「ええ人間でいこう!」と、もがいて努力するのが大事で、それが「ええ笑い」に繋がるのと違うかなあ。
千五郎確かに、人間性は出ますね。実は狂言って、とてもキャラクターが反映される話が多い。ストーリーじたいは入り組んでないので、役者のやり方、思い、というものがハッキリ出てくるんです。これは真似でごまかせないことで、基本は別ですが、その先のことは真似したら絶対良くない。自分のものを作らないと。ということはやっぱり、自己が必要で、それが良くないと‥‥ということなんでしょうね。
笑いと神さん、仏さん
──今も奉納狂言、奉納落語などあるように、そもそも「笑い」は神仏への捧げもの、との歴史もあるようですが、演者として実感はありますか?
千五郎うーん……。神さんに笑ってもらおう! と、そこまで思ってるわけではなく、まして神さんに届いているのかどうか、それはわかりませんけど、神前、仏前の舞台はとにかく気持ちがいいです。とくにお正月はその機会が多くて、京都の八坂神社、滋賀の多賀神社で『翁』の三番三(さんばそう)を勤めさせてもらうのが恒例です。野外の舞台でね、雪が降って、ガタガタ震えている時もありますけれど、それでも「ああ、気持ちええなあ」と、毎回思いますね。
よね吉奉納とはちょっと違うかもしれませんが、神さんが会場にいてはる、という気はしますね。笑うてくれてはるかどうか、知りませんけど、おおっと! とアブない時に支えてくれはることは、あります。
仏さんのほうはやっぱり、落語はお説法がルーツというのは、意識の根っこのほうにありますね。お金をとって話芸を商売にしだした人は京、大坂、江戸にそれぞれあるわけですが、やはり大もとは安楽庵策伝上人のお説法、落し噺であって、その背景が戦国時代であったことにも、落語が生まれたひとつの意味があるのかなあと思います。策伝さんって茶人としても有名で古田織部の弟子筋なんです。色んな人の切腹も見て、真正面から物を言うては命がない時代、「笑い」で武将たちの鼻を明かして、世の中に物申した。スゴいですよね。カッコつけたことを言うようですが、その反骨は、どこかに持っていたいと思います。
千五郎何かを特別に意識していなくても、神仏の前の舞台というのは、なんとなくルーツを体感するし、「昔はこんなんやったんやろうなあ」と自然と思いますね。650年、700年と絶えることなく伝わってきたということは、そこに何かしら響くものがあるはず。今、見てもらっている狂言を、信長も、秀吉も見ているんです。同じ笑いを共有している。そういう大きいものを見てもらいたいなあ、と。あっ、僕、がっつり狂言サイドから喋っていますけど、実を言うと、長男でなかったら落語家になっていたかもしれなくて……(笑)。
よね吉今!? その話、ここでする? でも本当なんですよ。幼稚園の頃から落語にハマったらしくて、落研出身の僕よりよっぽどキャリアが長い……。
千五郎もしかしたら出会いは狂言より落語が先やったかもしれん。
よね吉アハハ。それ話し出したら終わらへんし、また今度ね。
千五郎そやな。ほな今日はこのへんで、「お後が宜しいようで」とでも。
よね吉そしたらこっちは、「やるまいぞ! やるまいぞ‼」(大笑)
※1 茂山家の家訓「お豆腐狂言」より。二世千作の頃、狂言を心やすく町衆に広めた茂山家は「安い豆腐のような」と揶揄された。その言葉を逆手に取り「お豆腐」を誰にも愛され飽きのこない狂言への指針とする。
※2 1960年代、上方芸能の若手がジャンルを超えて集い、芸論を戦わせた同人誌。
桂よね吉(かつら よねきち)
落語家
1971 年 京都生まれ。1995 年、桂吉朝に入門。1999年、ABC お笑い新人グランプリ新人賞受賞を皮切りに、NHK 新人演芸大賞落語部門「大賞」、東西若手落語家コンペティション2009 チャンピオン大会優勝など受賞多数。古典を大切にする、たたずまいの美しい高座に、通のファンも多い。NHK 連続テレビ小説「ちりとてちん」に出演。独演会も精力的に行う。
茂山千五郎(しげやま せんごろう)
狂言師
1972 年 京都生まれ。大蔵流茂山千五郎家、五世千作の長男に生まれ、1976 年『以呂波』のシテで初舞台。『三番三』『釣狐』『花子』『狸腹鼓』を披く。『茂山狂言会』花形狂言会改め『HANAGATA』、弟茂との兄弟会『傅之会』ほか、上海京劇院・厳慶谷や川劇変面王・姜鵬とのコラボ公演など、他ジャンルとの共演も多数。茂山千五郎家のリーダーとして個性ゆたかな一門をまとめる。
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