40億年の歴史を追体験!
「生命はループしている」、言いかえれば「すべての生命はつながっている」ということになるだろう。われわれ人類は、魚類や植物、あるいはバクテリアとも共通の祖先から進化し、誕生から現在にいたる壮大な生命の物語の一部である。
地球が誕生したのが約46億年前、生命が誕生したのは約40億年前の海であり、最初の生命の誕生から多くの種が絶滅と進化を繰り返してきた。そして、その遥かな道のりを、今も私たちは体内に受け継ぎ、はからずも体現していることを、皆さんは意識されたことがあるだろうか──。
卵子と精子はいわば単細胞生物の時代であり、細胞が融合することで新たな生命が誕生し、子宮の羊水という海の中で成長する。細胞分裂を繰り返し、やがて魚のような形状になる魚の時代、そのヒレのような細胞の塊がアポトーシスにより手足となり、人間の形に整えられる。つまり、われわれは誰しも、生命が生まれ進化を遂げてゆく40億年の歴史を、母胎の中で繰り返すことで、壮大な生命のループを追体験しているのである。
古代人は生命の歴史を直感的に、あるいは物語として、一本の樹に象徴させ「生命樹」と表現した。知られているところでは『ギルガメッシュ叙事詩』や『旧約聖書』などがあり、世界各地の古層文化に共通する。また縄文時代からの樹木信仰も天と地をつなぐ「生命樹」信仰であり、『古事記』には、纏まきむくのひしろのみや向日代宮には欅が生い立ち、上の枝は天を覆い、中の枝は東の国を覆い、下の枝は田舎を覆っていると書かれている。「生命樹」は一本の幹から四方八方へと広葉樹のケヤキのように枝を広げた樹形である。生物学ではそれを「系統樹」と表現する。そして人類は「系統樹」の小さな枝の一つでしかない。
人類滅亡を招く、偽りの免罪符
産業革命以降、現代社会のインフラを構築してきた石炭、石油は、約3億年前の石炭紀を起源とする化石燃料であり、化石燃料を燃焼させエネルギーを得ることで快適な生活を実現してきた。ところが二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの排出量は産業革命前から約8倍以上に、二酸化炭素濃度は1.5倍近くに上昇し急激な地球温暖化を招いている。その結果、自然災害の増加、南極やグリーンランドの氷の融解による海面上昇、ツンドラや熱帯雨林の消滅、野生生物の急速な絶滅など、深刻な事態が次々と起こっている。
科学技術文明の進歩は、人間が神さえも超越した存在者として振舞うことを可能にし、人類は自然を自在に改変する免罪符を得たと錯覚している。輝かしい科学技術の新たな勝利ともみなされているAIの進歩や合成生物の誕生は、同時に気候危機と並び人類の脅威になる可能性が捨てきれない。AIは人間の知能を凌駕し、人間にとって代わってAIが支配する世界が出現する可能性があり、合成生物は地球上に存在する生命とは異なる生物を生み出し──。近年のわれわれは、あたかも自らの手で生命のループを断ち切り、滅亡への道を切り拓いているように見える。
未来を築く、日本の自然思想
このような人類の危機を乗り越えるためには、新たなパラダイムを構築する哲学が必要であるが、現代の危機を生み出した科学技術を主導してきた西洋文明が、その任を担うことは難しい。
確かに、直近の対処療法には科学技術の力が不可欠かもしれないが、直線的に進歩する科学技術は巨大化するほど、事故の規模も計り知れない。それは福島第一原発事故でも一目瞭然だろう。さらにAIや合成生物のように精鋭化した科学技術は人類への脅威ともなり、これらの脅威は偶発的なものではなく、科学技術の全体像をとらえることを目的としない構造そのものに起因している。このような危機を回避しつつ未来を築くには、生存基盤である地球を「母なる大地」という言葉が象徴するように、地球そのものを生命体として慈しみ、地球と人間の関係を一つの全体像として捉え直すことが大切なのではないだろうか。
この地球上で健やかに生きていくために必要なモデルは、縄文時代から自然と一体化し、自然を愛で、自然を生活の中に取り込んできた歴史を持つ、我が足もとの日本にこそあったことに気づかされる。たとえば「花鳥風月」という言葉は、日本の四季折々に変化する豊かな自然の中での暮らしに根ざした美学であり、自然と人間が共生する、自じ然ねんする文化を作り上げてきた先人の知恵と営みに、もう一度思いを馳せてみたい。
また日本文化の思想的中核を形づくってきた仏教は、自然と人間のあり方についてきわめて深く掘り下げてきた宗教である。「草木国土悉皆成仏」、といった文言にもあらわされる一連の思想は、自然と人間の関係性を哲学的に究明してきたものであろう。
今こそ、それらの文化、思想を見直し、学び直し、「日本モデル」とも言うべきスタイルを、世界に向けて提唱すべき時ではないか。新たな未来を築くためには、行き過ぎた科学技術信仰を捨て、生命と自然がループする、つまりは「常若の思想」に基づく生きとし生けるものが和やかに暮らせる世界を取り戻さない限り、人類は地球上で存続しつづけることはできない。
草木国土、あまねく仏性が宿り、八百万の神が在す。自然を核とし、人々はそれを愛で、畏れ敬い、常にみずみずしく命のループの中に在ろうとする、自然する世界の創造──、そうした日本独自の自然思想が、唯一、未来を構築するパラダイム変革の主軸となると私は信じる。